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村松篤設計事務所は、静岡県の西部、浜松市にあります。

お問い合わせはTEL.053-478-0538

〒432-8002 静岡県浜松市中区富塚町1933-1

  ☆この曲は作曲家・須釜俊一さんのの『ひとり〜ショートバージョン』という曲です。 
 

 設計業務 C −設計監理−

 前回述べさせていただいた設計業務のなかの、今回は設計監理について少し触れたいと思う。設計事務所は設計だけするんだと思っている方も多いとは思うけど、この監理業務はとても大切な仕事なのだ。この仕事は主に住宅の着工から竣工にいたるまで、その住宅が図面通りに建てられているかということを監理していくもの。家って図面通りに建てられているんじゃあないのって、不思議に思われる方もいらっしゃるだろうけど、実はそうでもないらしい。事実欠陥住宅は多く世にはびこっている。そんな住宅を造らないためにも、工事を監理することは必要なのです。そしてもうひとつ監理業務の中に大事な仕事がある。それは施工会社から提出された見積書をチェックし、検討する仕事だ。

 実施設計が完了すると、施工会社を決定しなければならない。村松事務所では、お客さんが納得して選択してもらえるように数社に見積もりを依頼する。いわゆる合見積りだ。(特にお客さんから指定がある場合は別です。)その時に、会社によっても見積り書の計算方法が異なっていると少し厄介になる。担当者がしっかりしている会社は、丁寧に計算して金額を出してくるからいいけど、結構大雑把な会社もある。そうなると後から多くの追加金額が発生してしまう。だから村松事務所では、正確に見積書を比較するため、各工事にどのくらいの費用が必要なのかを細かく計算してもらうようにお願いしている。その際材料などの原価を明示してもらい、会社としての利益は別に定率の経費という形で計算してもらう。

 見積りって不思議。同じ物件なのに提出された見積書の金額に差が生じている。材料の仕入先、会社の規模等によって見積もりの金額は違ってくる。規模の大きな会社は年間に着工する住宅の数が多いので仕入れる材料の数量が多くなる。それゆえ仕入れ価格が優遇され、単価が下がったりする。反対に個人の大工さんなんかは年間でそんなに多くの住宅を手がけることは出来ないので、仕入れる材料に対して価格的な優遇をそんなに期待できない。それならば工務店のほうが建築費が安いんだと考えるのは早計というもの。工務店は多くの従業員を抱えているのでどうしても利益率を高くしなければならない。反対に個人規模になると利益率が低く抑えることが出来る。また、地域によって見積り額に差がある。地域の物価水準に差があるように、大工さんの賃金いわゆる大工手間の金額も異なってくる。その地域差は同じ県内でも生じている。

 見積書の検討はとても大変なのです。工事内容は適切だろうか。建築に必要な材料の数量に間違いはないか、価格は適正価格で見積ってあるか、こちらが指定した材料を揃えているか等を確認していく。見積りの数量や価格に間違いがあったり、基本プランの時に作成した概算見積書よりすごくオーバーしていたりすると、プランを変更して再見積りをお願いしなければならない。そして再度検討することになる。すっごく面倒くさい。だから時間もかかるのだ。こうして出揃った見積書を考慮し、施工会社を決定するわけだけど、見積り金額だけで選ぶことはお薦めしない。きちんとした仕事をしてくれる会社かどうか。大工さんの腕は大丈夫なのか、住宅が完成した後のフォローはきちんとしてくれるか等を考えて決定したほうがいいと思う。
     

 設計業務 B −実施設計− 

 基本プランが決定すると、プランの詳細を決めていく実施設計へと進む。つまり、家の細部(屋根、外壁、内壁、天井、床、窓、ドア、照明器具、キッチン、洗面、浴槽等)について決めていくのだ。これがなかなか難しい。たとえば内壁の仕上げについて決めていく場合、どのような材質のものを使うのか、どんな色にするのか等をカタログを参考にして決めていかなければならない。だけど家造りに対する経験があまりない皆さんが、カタログに載っている小さな見本だけでイメージを膨らませ決めていくことって、とっても大変なんじゃあないだろうか。私だってよく分からない。カタログ見本では良かったけど、それが全体に広がったら、イメージが変わってしまうことだって起こりうる。そこで所長がいろいろアドバイスをする訳だけど、所長は奏庵が出来てから打合せが楽になったという。実際の建物を見て打合せが出来るようになったからだ。先月2軒の住宅が完成したが、それらはなんだか奏庵の仕上げに似ていた。建て主の感性が所長に似ているからだろうか。この奏庵仕様は皆さんに好評のようだ。

 キッチンや洗面・浴槽等は実際にショールームに足を運んで貰うようにしている。奏庵にはK社のシステムキッチンが入っている。「K社のものは性能が良いし、狂いが少なく長持ちするから、長い目で見たら得なんだよね。それにメンテナンスもしっかりしている。」という所長の奨めがあったからなんだけど、他社のものに比べると結構値が張る。だから予算に余裕がある方には薦めているが、予算が厳しい場合は他社の製品で見積ることになる。だけど奥さんのこだわりはやはりキッチン。見学だけでも行ってみようということになる。やっぱり良いものは良いんだろう。見てしまうと心が動くようだ。奥さん自ら見積りをお願いしていたりする。後日送られてくる見積りは、当初の予算からかなりかけ離れたものになっている。最初の予算は一体なんだったんだろう。所長は頭を抱えることになる。

 先月完成した住宅の建て主であるMさんは、住宅建築には並々ならぬこだわりを持っていた。事務所が開催するオープンハウスには、皆勤賞といっていいくらいの出席率であった。それも午前中には既に来ていて、室内を隅々まで見学している。こちらが他のお客さんの対応に追われていると、いつの間にか姿が見えなくなっているので、そろそろ帰られたんだろうなあと思っていると、窓の向こう側にMさんがひょっこり姿を現すのだ。Mさんの外観へのこだわりも熱かった。一緒に来ていたお父さんは疲れた顔をして縁側で座っていた。事務所のホームページも楽しみにしてくれていて、毎日の日課のひとつになっていたようだ。私が毎月書いているコラムも愛読してくれていたみたいで、コラムの中で取り上げた建築家の本をわざわざ買って読んでくれていたと言う。(嬉しいなあ。)先日のオープンハウスの後、Mさんが「皆さんが一生懸命作ってくれた家だから、大切に住んでいきます。」と話してくれたという。

 所長の設計というものを本当の意味で理解するのは、やっぱりその家に実際住み始めてからだと思う。そんな家族の驚きや喜びの声が、しばらくしてから聞こえてくる。 ある建て主の奥さんは、『階段の途中の窓から富士山が見えたんですよ。富士山が見えるように設計してくれたんですね。』と感激していた。またある方は、『天窓を見上げると青空が見えたんです。窓からは風が流れてくるし、本当に気持ちが良かった。』と話してくれた。そして『仕事を終えての帰り道、前方に我が家が見えたんです。やっぱり我が家が一番美しくて、しばらく立ち止まって見つめていました。』と話してくれた方もいる。昨年、以前所長の設計した家に住んでいたHさんからメールが届いた。Hさんは仕事の関係で転勤になり、その家を離れていたので音信は途絶えていたが、わざわざ事務所のHPを検索して、アクセスしてくれたのだ。(HPをつくってよかったなぁ!)Hさんは会社を定年退職し、北海道のK市に住んでいた。定年後も今までの仕事の経験を生かして関連した会社で働かれるという。会社の社宅である戸建住宅に住んではいるけど、どうせなら村松さんの設計した家に住みたいということで、今回設計を依頼してくださったのだ。そういう依頼ってすっごく嬉しい。今年になって現場を見るために北海道の地を訪ねた所長は、久しぶりに再開した奥さんに『立派になられて・・・。』と言われ照れくさかったようだ。
 
  

 設計業務 A -基本設計−

 基本設計については、ホームページの『設計業務ー仕事の詳細』のなかに詳しく説明してあるので、ここではその内容についてあまり触れないけど、簡単に言えば土地を考慮しながら、ご家族の要望を叶えていくことなんじゃあないだろうか。ご家族の多くは「あまり大した要望はないんですよ。」と言うけれども、いやいやどうして、今までの経験上絶対そんなことはありえない。『よくまあ、あるなあ。』と思うぐらいに次から次へと要望を話し始める。『こんなに要望が多くてプランが出来るのかなあ』と、傍らで聞いている私はヒヤヒヤしてしまう。しかしそんな打合せを何回か繰り返したある日、「出来たよ。」といって基本プラン(下書き)が私の前に現れるのだ。(お施主さんより誰よりも、早くプランを見せてもらえるのが私の特権)いやあ、すごいね。あんなに沢山あったお客さんの要望が見事に盛り込まれている。

 基本プランを提案する時のご家族の反応が楽しみで、私もなるべく打合せに同行するようにしている。様々なリアクションが興味深い。ニコニコと嬉しそうに図面を眺めている人、熱心に図面を見続ける人、そして無反応の人。無反応の人は、たぶん図面を見てもよく分からないんだと思う。図面と一緒に用意してある模型を取り出し、説明を加えると徐々に反応し始める。もう家が出来上がったかのように、完全に舞い上がってしまう人もいる。しかし話が費用のことに及ぶと、皆さん現実に引き戻される。この基本プランは、ご家族の要望を実現することを優先しているので、予算をオーバーしている場合が多い。だからこの要望優先プランを踏まえ、今後の方向性を検討することが必要になる。(ここが大事なところだ。)つまり『予算重視でいくのか』、それとも『要望重視でいくのか』を決定しなければならない。だけど不思議なのは予算重視のために大幅にプランを変更したとしても、二転三転したプランはまた元のプランに戻ることが多いのだ。やっぱり最初のプランは所長が土地の状況、お客さんの状態等あらゆることを考慮して提案したもの、つまり一押しプランだからだ。結局そのプランがベースになって要望を削っていくことになる。

 基本プランが決まったNさんは、最近図面を見るのが楽しみなんだそうだ。時折図面を取り出して、新居での生活に思いを馳せる。「私は図面なんか見ても何にも分からない。歌でも音痴ってあるけれど、私も図面に関してはまったくの音痴なのよね。」といっていた人がだよ。変われば変わるものだなあ。打合せをしていても、あまり関心がないような様子だったのに、今ではしっかり図面が頭の中にはいっていて、空間のこともよく理解している。その上でいろいろと質問を投げかけてくるから、私もタジタジである。だけどそうやって家造りを楽しんでもらえると、すっごく嬉しい。家造りって大変だし、苦労も多いけど、本来楽しんでするものだと思う。所長と何回も打合せを重ねることで、家造りの楽しさを実感するご家族は多い。その後も家に対する興味を持ち続けてくれているみたい。奏庵のオープンハウスの時は、所長の設計した家に住むご家族(いわばOBかな)が多く駆けつけてくれた。

 この夏、ラーメンで有名な東北のK市からH夫婦が奏庵を訪ねてくれた。このご夫婦の家も所長が設計したものだ。私も一度その家を見学するため、K市を訪ねたことがある。その折には熱烈な歓迎を受け、大変お世話になった。そしてソーラーによる床暖房の自然な暖かさを味わい、自邸の時は絶対にソーラーシステムを導入するぞと決意したのだ。ちょうど夏休みで奥さんの実家に帰省するついでがあったようだけど、それでもわざわざ足を伸ばしてくれるなんて感激してしまう。浜松はあまり観光するところがないけれど、一応3大砂丘のひとつといわれる中田島砂丘と浜名湖を案内して、お腹が空いてくる昼頃にうなぎ屋に入った。所長は仕事の付き合いでよくうなぎ屋に行く。浜松を訪ねてくる皆さんにはとても好評だというのだ。私は浜松に住んでいてもなかなかうなぎを食べる機会がない。今年放送していたNHKの朝ドラを見る度に、うなぎを渇望していた。だから私にとっては久々のうなぎに舌鼓を打っていると、正面に座っていたご主人は「うまい、うまい」と言いながら、あっという間に平らげていた。やっぱり浜松はうなぎなんだなぁ。 
 
  

 設計業務@

 最近、某テレビ局のリフォーム番組を興味深く見ている。住居に対してさまざまな問題を抱えた依頼主が番組に助けを求め、それを建築家がアイデアを駆使して解決していくのだ。狭く、陽の射さない部屋が、あっという間に広々とした明るい空間に変わってしまう。すご〜い、な〜る程といつも感心してしまう。だけどいつも疑問に思うのは、何でそんな不自由な家を作ったんだろうということ。当時建築に携わった人達って、住居のことをどんな風に考えていたのだろう。住み心地とか、使い勝手とか、自然との関わり(陽の光、風の流れ)なんて考えなかったのだろうか。でもこの番組のおかげで建築家の仕事、設計業務の重要性が認識されてきたようで私としては非常に嬉しい。だけど設計事務所の仕事って、一般の人には意外に知られていないのも事実だ。

 設計事務所の仕事は、基本設計、実施設計、設計監理の3つに分かれている。簡単に説明すると、基本設計とはお客さんの要望を聞いて基本プランを作成する。また建築費のめやすになるように概算見積書を作成する。実施設計とは設計の詳細について決めていくもので、カタログを見て具体的に検討する。そして設計監理は、実施設計の内容が実際の工事できちんと図面どおりに進んでいるかどうかを完成まで監理していくという仕事だ。私にしても設計と聞いて単に平面図と立面図を描くぐらいにしか思っていなかった時期もあったぐらいだから、なかなか分かりにくい。それに建築会社に住宅を依頼した場合には見積りのなかに設計料という項目が見当たらない場合も多いので、設計は単にサービスという認識をもった方もいるみたいだ。だけど設計をする従業員はいる訳だし、設計という仕事はあるのだから、実際に費用はかかっている。つまり設計料は表面には現れなくても、全体の利益のなかに含まれている。

 私の家の近隣は新興住宅街ということもあって、この不況下にありながらも次々と新しい住宅が建てられている。なかにはアっという間に完成してしまうものもあって驚かされる。それらはまるでプラモデルを組立てるように、ある程度出来上がったパーツを組立てていて、すごく効率が良い。つまり住宅の寸法をある程度規格化することで、木材加工にかかる無駄な手間を省き、組立の迅速化を図るのだ。建築会社がチラシ等に打ち出しているような坪単価を実現するためには、こういった効率の良さも大きな一因なんだろう。誰だってなるべく安い費用で住宅を建てたいと思うのではないだろうか。私だって思った。だけどそれによって「設計」というものにも効率を要求される。所長も建築会社で働いていた経験を持っているが、そこでの設計というものには物足りなさを感じていた。年間数十軒という設計の仕事をこなしていかなければならないので、お客さんとゆっくり打合せをする余裕はない。営業から聞いた内容だけで設計することもあったという。図面にしても数枚書いた程度で外注に出すため、家に対する印象も薄くなる。そして効率を優先するゆえの工務店仕様(柱の寸法、窓やドアの大きさ、屋根の角度にいたるまで決まっていたりする)にも悩まされていたようだ。そんな制約の中での設計というものは、所長には向かなかった。次第にジレンマが大きくなっていった。

 設計事務所と建築会社の設計とでは、その内容、質等が大きく異なっているが、なかなかご理解いただけない。村松事務所では、所長の設計コンセプトにも記したような住宅をお客さんと一緒に造っていこうと考えている。限られた予算のなかで、お客さんの要望を実現する、無から有を創り出す、それって結構大変なのだ。だからじっくりと時間をかけてひとつの住宅に携わる。そのため年間に2〜3軒ぐらいの仕事で手一杯のようだ。スタッフを増やし、パソコンを導入し効率よく仕事を進めていけば、もっと多くの依頼をこなしていけるのかもしれない。だけど効率を優先することで、良い住宅が出来るとは考えてはいない。「なるべく早く建てたい」、「半年先には引っ越したい」という申し出をするお客さんもいらっしゃるけど、そのような条件ではお客さんにとって満足した住宅を提供できるとは思えない。それに無理を含んだまま仕事を進めていってもお互いにあまり良いことはない。当事務所では、お客さんとは1年以上のお付き合いになる。出来るならば時間的な余裕を持って設計を依頼していただければと思う。
 
 

 遠江・奏庵(番外編2)

 先日、『村松篤を囲む会』を催した。この家のために木材を納入してくれた業者さんとその材料を使って仕上げてくれた職人さん達が集まってくれたのだ。以前からK社のTさんが強く希望していたこともあるが、この奏庵は夜の表情がとても素敵なので皆さんと分かち合いたいという気持ちと、この奏庵を造ってくれた大工さん達への慰労の意味もあった。木材を納入したSさん達は自分達が納入した木材がどのように使われているのかを見る機会がないようで、今回このような機会を設けてくれたことにとても感謝してくれた。また材料の巧みな使い方に感激もしていた。大工さん達も奏庵建築中の苦労話(愚痴話)が飛び交い、当時のストレスを少しは解消してくれたのではないかと思う。よかった。よかった。

 Tさん達は建築中にも一度見学に来てくれたが、完成した奏庵を見て新たに感動したようで、後日その時の気持ちを文にしたためてくれた。私も奏庵で暮らして早や2ヶ月が過ぎようとしているが、未だに新たな発見があったりして感動は続いている。本当に細部にわたりよく考えられている。きめ細かな設計に驚かされる。松の梁と杉の柱が巧みに組み合わされている奏庵の吹き抜けの空間はいつ見ても美しい。内部の仕上げも無垢の木肌を生かしたものになっているが、そればかりではなく塗り壁の仕上げも施されている。その部分があることで、明るさと広がりがより際立ったように思う。間接照明の明かりも柔らかな光を醸しだしている。もし木部をそのままあらわすとログハウス的な趣きが強くなって、ちょっとくどくなってしまっただろう。塗り壁の部分ばかりでもまた感じが変わっただろう。板壁と塗り壁の比率が程よくなされたことで、とても心地の良い空間が構築されているように思う。また、2階西側の学びの間(書斎)の南の壁(吹き抜け側)は、腰壁(腰までの高さ)になっている。もし天井まで壁が続いていたら、空間が途切れてしまい、今のような広やかさが失われていたかもしれない。しかも格子にすることでとても上品な感じに仕上がった。

 所長の設計の生命線は、ディテールへのこだわりだ。細部への気配りに手を抜かない。たとえばエアコンを取り付ける場合でも、壁の中に組み込んで木枠で丁寧に囲み、それだけを剥きだしにはしないのだ。(予算にもよる。)そうすることで空間が洗練され、より美しく感じられるようになる。そして住む人への気配りをも忘れていない。今ではバリアフリーが一般的になったが、まだそのようなことがクローズアップされる以前、玄関にお年寄りのための手すりをつけたり、階段の勾配を緩やかにして上りやすいようにとの配慮をしていた。彼の設計は人に優しいのだ。先日ピアノのN先生とそのお知り合いのAさんが見学に来てくれた。Aさんは建築にとても興味があるというなので、僭越ながら私が説明をさせていただいたが、まじまじと室内を眺めながら「こういう家は初めて見ました。」とたいへん驚かれていた。「この家を設計された方はきっと優しい方なのでしょう。」とも付け加えた。う〜ん、その通り。よく分かってらっしゃる。感性が豊かな人なんだろう。

 私は平面図を見ただけで、なんとなくこんな感じになるんだろうなあという空間の予測が出来るので、自分ながらに『すごいじゃん』なんて思っているんだけど、完成した奏庵を眺めるたびに本当の意味では奏庵というものを理解出来ていなかったんだということを思い知らされる。専門に建築を勉強したわけではないから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが・・・。建築はいろんな要素が複雑に絡み合って出来上がっている。平面図だけでは読み取れない要素が多々あるんだなあ。だからたとえ平面図が同じでも同じものは出来上がらない。外観のプロポーション、家の高さ、屋根の架け方、窓の寸法・位置、外観の仕上げ(素材、色あい)、内部の仕上げ(素材、色合い)等によってまったく異なる建物になるのだ。そこが建築の奥深いところだと思うし、面白いところでもあると思った。
 
 

  遠江・奏庵(番外編1)

 38年ぶりにやってきた5月の台風の日に引っ越してから早1ヶ月。早かったような長かったような、とにかく感慨深い日々だった。大工工事は完了し引き渡しは終わったものの、まだ建具や塗装の工事は残るなかでの引越しで、建具屋のKさんには「普段の行いが悪いからじゃあないのか。」と悪態をつかれ、肩身の狭い思いをしての引越しだった。激しい雨が叩きつけるは、大勢の職人さん達がウヨウヨと歩き回っているはで、愛猫のベルは怯えてしまい、愛用のキャリングケースの中から出てこない。そんななかA引越し社の皆さんのおかげで無事引越しは出来たものの、本当の意味で大変だったのはその後だった。

 職人さんたちの朝は早く、8時過ぎにはやってくるので、6時前に起きてまずは片付け。職人さんの仕事が終わるのを待ってまた片付け。荷物は少ない方だと思っていたけど、意外とあるものでなかなか荷物の山が崩れない。何処に何があるのか分からない状態での不自由な生活。その上、障子がはまっていないので、夜明かりをつけると外からは丸見え。以前使っていたレースのカーテンを画鋲で留めて凌いでいたけど、なんだか歩行者も車もゆっくりと通り過ぎているような気がして、ちっとも寛げない。動物園の動物達に同情を覚えてしまったぐらいだ。だんだん疲労が蓄積してくる。それでもオープンハウスまでにはなんとかしなければと気持ちは焦る。しかし追い詰められた時のパワーは凄いもので、前日の夜までかかったけど、なんとか片付けが終わった。疲労困憊の状態で臨んだオープンハウスだったけど、多くの皆さんが見学にいらしてくださった。わざわざ遠方から訪ねて来てくれた御家族もいらして感動してしまった。

 オープンハウスが終わり、今やっとゆっくり奏庵を味わっている。無垢の木の温もりのある空間、松材による明るい空間、広々とした吹き抜けの空間にはとても満足していて改めて言うに及ばないが、この家に住んでみて驚いたのは梅雨独特の不快感を感じないということだ。それは無垢の木のせいなのか、ほたての塗り壁のせいなのか、はたまた開放的な吹き抜けのせいなのか。私には分からないけれども、外がどんなにじめじめしていようが部屋の中は常にさらっとしている。それに風が良く通るのでとても涼しくて、今のところエアコンを使っていない。休日に和室(和室ってやっぱりいいなあ)に寝転がっていると、気持ちの良い風が吹き抜けていった。そろそろ風鈴もいいかもしれない。予算の関係で合板を使っている2階は少しカジュアルな雰囲気になっているが、どの部屋からも緑が眺められるのでこれまた居心地がいい。そしてなんといってもお風呂は最高。青森ヒバの匂いが芳しくて、それだけで癒し効果がある。入浴剤を入れることもなくなった。オープンハウスまでの2週間なんとか身体が持ったのは、このお風呂のおかげだと思う。先日A引越し社のスタッフが、仕事帰りに立ち寄ってくれた。引越しの時に「完成した家を見てみたいものです。」ととても興味をもってくれていたので、「是非見学に来てね。」という話をしていたのだ。丁度こっちに仕事があったみたいで、律儀に見学に来てくれた。彼らもお風呂を見て「入りてぇ〜。」とため息。制服が汗で濡れていた。こんなお風呂に入れる私って幸せなんだと思うと優しい気持ちになってくる。皆さん「今度は庭が出来たらきます」と言って帰っていった。

 この家に移ってきてから愛猫のベルがとても活発になった。家の中を走り回り、階段を俊敏に上っていったなあと思うと、いつのまにか梁の上をすいすい歩いている。とても臆病な猫で以前はマンションの外に連れていこうものなら、足を踏ん張って一歩も動かなかったのに、今では知らないうちに網戸を開けて外に出て行ってしまう。お腹が空くのか食欲も旺盛で、おかかをまぶしてあげないと食べなかったごはんなのに、朝見ると必ず空になっていてキャットフードを与えるやいなや飛びつくようにガツガツと食べている。気のせいかも知れないが、全体的に筋肉質になってきたような気がする。私も夜更かしが出来なくなった。階段のある暮らしになって、知らない間に身体を使っているようだ。ゆったりとした階段だけど、上り下りによって足腰が鍛えられているような気がする。まあ、若い(?)うちに足腰を鍛えておいたほうがいいだろう。そして所長は鼻をかまなくなった。花粉症なのか、鼻炎なのか、以前のマンションではやたらと鼻をかんでいたのに(こまめに掃除をしているつもりだったのに、風の流れがなかったので空気が澱んでいたのだろうか)、すっかり直ってしまった。皆な健康になったようだ。

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