旅は風まかせ、その日の気分次第で予定を変えてとはよくいったもので、早くもその予定が急きょ変更になってしまった。建築に携わる人間は酒好きが多いことは、つとに有名な話だが、このツアーの御一行様も期待通り(?)の酒飲みも手伝ってか、ボルドーでの初日はワイナリー見学でスタートを切った。だが、私も含めて数人の参加者は、元来アルコールと相性が悪かったり、少々体調をくずしたりとの理由でこれには行かず、それぞれ思いのままフリータイムを過ごすことにした。 ボルドーの街は、歩道が色付いた落葉でじゅうたんのように敷きつめられ、そろそろ秋も終わりの気配を感じさせていた。ガロンヌ河沿いにプルーヴェが設計した消防署があると聞きつけて早速見に行く。普段我々が、消防署からイメージするものといったら、古くは鍛冶職人が丹念にかつ美しく造りあげた火の見やぐらだったり、消防隊員が非常事態対応のために待機する場であったり、また何台もの消防車が駐車する巨大なガレージを組み込んだ特殊な建築であったりといったところだろうか。だが、プルーヴェがデザインしたものは少し違う。古さを感じさせない斬新なデザイン(いつのものかはわからないが、少なくても20年以上前のものらしい。)街のシンボルともなりうるだろう美しい塔、消防車や倉庫等は、おもて側から見せない配慮、とても目立つがなんとも心地いい美しい色彩計画等々。プルーヴェは元来、金属を巧みに扱うハイテク建築家とばかり思っていただけに、この周辺環境を考慮した建築には少々驚きの感を覚えた。 そのあと、晩秋の趣きを漂わせるボルドーの古い町並みをそぞろ歩く。石造りのアパートメントがスカイラインを揃えて立ち並ぶ美しい景観は、ヨーロッパの歴史と文化を感ぜずにはいられない。時が経つのを忘れてその場に身をゆだねた。
3日目にして、ようやく少しだけのんびりした時を送ることが出来た。我々は、今回の旅の中で最もハイグレードなホテル・サン・ジェイムスへと車を走らせた。ボルドー市内から約10分、小高い丘の上に建つこのホテルは人気建築家ヌーヴェルの設計に加え、味の面でも食通をうならすという今話題のホテルである。 期待に胸膨らませ、皆カメラを片手にエントランスに向かう。歴史を感じさせるロビーで部屋割りが決まるまで少し待てというのだが、早くもいつもの建築探検病が出てきてしまい、外に出るものあり、メインダイニングを覗くものありといった具合いで、とにかく落ち着いていられない。20分ぐらいが経過した。ようやく部屋の掃除が出来たところから鍵がそれぞれ渡されていく。私は何時までたっても呼ばれず、とうとう最後のひとりになってしまった。シングルルームを希望しているのは、私以外にも何人かいるはずなのにどうして私だけがと、不満を口にしても仕方がない。添乗員の方も気を使ってホテルの従業員に文句を言ってくれるのだが、これがフランス人気質なのか取繕ってくれない。もしかしたら私だけ部屋がないのかなあと諦めかけていたその時、「ムッシュ マラマ ルームa「△」と呼ばれ、大きな鍵を満面の笑みで私の手のひらに納めてくれた。 どんな部屋なのか不安半分でいそいそと部屋に向かう。狭くて暗い階段を3階まで上がり、部屋の扉を開けた。第一声は、ウォーだったか、ブラボーだったか記憶が定かではないが、間違いなく感嘆の声をあげたのは確かである。20帖ぐらいの広さににダブルベッドが真ん中に1台置かれ、ベットに寝そべったアイレベルからはちょうど窓の向こうにガロンヌ河とボルドーの町並みが広がる仕掛けだ。屋根裏部屋風に勾配天井となっていて、天井の低いアルコーブ状のコーナーには造りつけのソファーが設けられている。部屋にはTVが置かれてないから、ゆっくりワインでも飲みながらBGMに耳を傾け、窓の外の夜景を楽しむといった演出か?う〜む、なかなか心憎い。水まわりも充実している。浴槽とシャワー室、トイレ、洗面台がそれぞれ別々に仕切られていて、どれもデザインは凝りに凝っていた。荷物を収納したり、衣類を吊るしておけるスペースもたっぷりあって、しかもハンガーパイプにはライト内蔵式だ。 だが、圧巻は40帖ぐらいはあっただろうか、外のウッドデッキ。ここには何とジャグジーバスが1台、いつでもスタンバイOKの状態で湯温が調節されている。うしろにはライトアップされた教会の尖塔がそびえ建ち、前はもちろんボルドーの夜景とくれば、もう入るしかないと思ったらなんと建築探険隊の乱入ではないか。いつの間にかそこは時間無制限、交代制の宴会場となり、深夜遅くまで宴は続くのであった。
食通をもうならすという高級ホテルをあとにした我々は、ボルドーの市内へと再び足を運んだ。たおやかな流れのガロンヌ川を渡ると、都会的な空気が徐々に迫ってくるのがわかる。町の賑わいが顔を見せはじめたその時、周囲とはあきらかに違う形態のものが目に飛びこんできた。車の往来が激しい通りに面した建築物は全面ガラス張りで、中にはキノコの傘のような形をしたものがいくつも宙に浮いているかのように見えた。よくみるとその物体はコンクリートの柱で支えられ、内部には鉄製のアプローチ階段が掛けられている。キノコの外装は板張りなので、特異な形状の割には何やらホッとする気持ちになれる。それは自分が日本人からなのであろうか。 それにしても、この建物は一体何なのか。我が国ではとても考えられないが、これはれっきとした裁判所である。開かれた裁判所、親しみが持てる表情を実現しようとした結果、こうしたデザインが生まれたのであろう。7つのキノコは聖書の「7つの過ち」からきていて、このキノコ(法廷)の中には、木製の仕上げで人間の声がとてもよく通ることはなるほど実感できたが、いくらコンペとはいえ、日本ではたぶん選ばれないだろうし、ボルドー市民にとっても当時は相当の話題になったことだろう。何といっても、ガラス張りの中はすべて丸見えなのだから・・・。 地元の人が声を掛けてきた。カメラ片手に著名建築家の仕事をつぶさに見ていたら、「あなたはこれをどう思うかね?」何と答えていいのか困っていたら、「私はクレイジーだと思うがね。」と一言。一市民の声が聞けたのはとてもラッキーだったが、こうした新しい建築に対して意見が申せるのは、やはり文化の違いなのだろうか。
旅は道づれとはよくいったもので、同じツアー参加者の希望で少し寄り道をすることになった。ボルドーからあのブローチ等の焼き物で有名なリモージュへ向かう途中、多分日本人は訪れることがないだろう、ペリグーという山岳都市へと足を伸ばした。参加者の中で最年長のT氏は、ロマネスク建築にとても明るい方である。このペリグーというまちには南仏最大のロマネスク教会があるので、ここまで来たからには是非寄りたい、いや寄って行くべきだと強く主張した。この寄り道が、今回の駆け足の旅に、益々の拍車をかける事になったのだ。 とにかく時間が超タイトであるために(予定にはない寄り道をしたため)、確かこの時はまちの中心にバスを停めて添乗員がこう叫んだ。「教会はあの小高い丘の上にあります。今から食事とトイレを済ませて、一時間後にもう一度ここへ集まってください。それでは、解散。」外国へ旅をされた方はもうお分かりのことだと思うが、レストランに入ってきっちり食事をしょうものなら、とうに1時間では間に合わないのは百も承知である。皆暗黙の了解でいそいそと坂をかけ上がり、教会(サン・フロン大聖堂)に着いたらまずは一休み。美しいまちをここから見下ろせば、足の疲れも少しはやわらぐ。なかなかいい石造りの建築を見学したら、今度は一気にかけ下りる。通り沿いの小さなパン屋で残り少ないパンを買い、先ほどの集合場所へ、何ともあわただしい旅ではあるが、これ皆建築バカだから出来るは早技か?まだまだ旅は続く、続く・・・・・・。 |
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