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村松篤設計事務所は、静岡県の西部、浜松市にあります。

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〒432-8002 静岡県浜松市中区富塚町1933-1

☆この曲はのATSUKOさんの『風の便り』という曲です。 
 

  自然の風!

 今年も井上陽水のコンサートに行ってきました。サイドの4階席までぎっしり埋まって超満員。相変らずの人気です。幾分年齢層は高めでしたが・・・。
昨年は「お元気ですか?」と、CMを思い出させる挨拶で笑いをとっていましたが、今年は「皆さま、今年の猛暑を乗り越えてよく来てくださいました」という労わりの言葉でした。客席を見渡すと、観客は各々 “よく頑張った” と自分で自分を褒めている様子。本当に今年の夏は暑かった。室内に居ても熱中症で体調を崩すなんて、尋常じゃありません。そんなニュースが流れるたびに、私はあるアパートの住人を思い出します。

 1970年代に入ると、郊外にある湖の東岸の開発が始まりました。当時の東岸は、隣町に住むOさんが、「その頃、この辺(あたり)は見渡しても何にもなかったわねぇ」と言っていたように、まだまだ森林と田畑が広がる台地でした。道路が整備され、その両側に公営団地が建ち並び、小・中学校の建設が始まると、戸建住宅はもちろん、マンションやアパートが次々と建てられ、瞬く間に新興住宅地の体裁を整えていったようです。人々のエネルギーって凄い。活気に溢れたその街は、若者にも人気のお洒落な街になりました。私もそんな街に住みたいと思ったひとりです。街並みを眼下に眺めながら、緩やかな坂を上がって行くと、一棟のこじんまりしたアパートがあります。以前、私が住んだアパート。交通の便もよく、買い物にも便利で、人気の街の割に家賃も手頃だったので、とても満足していました。そう、夏が来るまでは・・・。

 やっぱり南側にど〜んと聳え建つ、大きなマンションはネックでした。アパートは東向きに建てられ、南側には窓がなく、全面壁です。日当たりはすこぶる悪く、風通しもよくありません。真夏の太陽は、日中、そんなアパート(正確には壁式鉄筋コンクリート版組立造陸屋根2階建)にも容赦なく降りそそいでいたのです。仕事を終えて疲れきった身体を引きずりながら(ちょっと大げさだけど)、外階段を上がって玄関のドアを開けると、物凄い熱気を帯びた空気が押し寄せてきました。直ぐにエアコンを入れるんだけどなかなか冷えなくて・・・。2間の間にある襖をピッタリ閉めても、十分に蓄熱された空気は、“一筋縄ではいかないぜ”って感じでした。
外を眺めると階下の住人が、夕涼みをしていました。夕方とはいえまだまだ暑い。だけど室内よりも外の方がまだましだったのでしょう。たしかエアコンを取り付けてなかった筈です。その頃、エアコン完備のアパートは少なく、自前で調達しなければなりませんでしたから・・・。そのアパートは、今も坂の途中に建っています。もう住人も替わっただろうし、エアコンも取り付けたかもしれないけど、何故だか気になってしまいます。

 今年は“自然の風派”の建て主達からも、エアコン取り付けの要請がきました。なるべくなら自然の風を感じていたい私も、リビングと寝室のエアコンをフル稼働させました。エアコンよりも窓から流れてくる自然の風の方が好きだなんだけどなあ。自然の風は柔らかくて、身体に優しいから・・・。
残暑厳しい秋だったけど、ようやく風が気持ちが良いと感じるようなってきたのも束の間、ひたひたと冬の訪れも感じます。いやいや急速に冬に向かっているように思います。例年にない猛暑を乗り越えてきたのだから、ひと息つきたいのに・・・。心地良い季節を堪能させてくれても良いじゃない。だけどそんな季節が、年々短くなっているように感じるのは、私だけ・・・ではないですよね。"^_^"
 

  歳月の艶! 

 最近、『夕暮れの緑の光』という野呂邦暢(のろくにのぶ)さんの随筆集を読んでいます。自衛隊出身という異色な経歴をもつ筆者は、1974年に『草のつるぎ』で第70回芥川賞を受賞しました。しかし1980年、42歳という若さで急逝しています。

 随筆集の中にある「引っ越し」には、手狭で不便を感じるようになり、新築の家への引っ越しを考えた筆者が、二日後にはその決心を翻すことになるくだりが記されています。

 “私が引越しをあきらめたのは古い家の魅力を無視できなかったせいなのだが、新しい家の雰囲気にいささかたじろいだということもあずかって力がある。新建材をたっぷり使って建てられた家のやたらにてらてらした感じを古い家と比較することになったわけだ。不便を我慢しても、手数料と一ヶ月分の家賃をフイにしても元の家から動かない気になった。新しい家の安直で薄っぺらな雰囲気ときたら鼻もちならない。便利さというのが人間の家の条件とは私には思えない。”

 筆者が愛着を帯びて去り難くなった家は、土地の藩主に歴代つかえた典医の家。とは言っても六畳二間に三畳というせまい家です。薬木薬草を栽培したという広い庭は石垣と生垣で囲まれ、庭木が豊かで四季の花が咲きます。修理に修理を重ねた家は全体がいくらか傾いているものの、ふるびて木目が浮いた柱、梁は黒光りして歳月の艶を帯びています。

 先日、盆ぎりで訪ねた家を思い出しました。広い玄関、畳敷きの廊下に格式の高さが漂っていました。

「この家は築70年。一本の釘も使ってないんですよ」とお母さん。

わざわざ宮大工を頼んで造らせたという家。吟味された良質な材料、洗練された丁寧な仕事ぶりに、生真面目で腕のよい職人の姿が思い浮かびました。

「当時(戦前)、あれだけの家を造るのには相当の費用が掛かっただろうねぇ。今ではなかなか建てられないよ。戦火を逃れ、よく残っていたものだ」

和室に通された瞬間、所長は“一流の大工が造ったその空間に思わず身が引き締まった”そうです。

でも少々残念だったのは、歳月を経て深みを増す家の増築した部分が、安っぽく見えてしまったことかな。

   たまりのある家!

 幸田町・十床の遊が完成しました。この家は屋外の木製デッキを含めて10の場、すなわち十の床を持っています。これは敷地の高低差を生かしてのプランニングで実現しました。Tさんご夫妻は楽しく暮らすために、スキップフロアーを楽しみたいと、あえて高低差のある土地を選択したのです。高さの変化を利用することで空間の仕切りや収納、おまけのゾーン等が可能になりました。

 先日、初めてこの家を訪ねました。生憎、その日は連休の初日だったので、高速道路は渋滞して、やむなく三ケ日インターで降り、一般道で向かいました。(>_<)私達はまだ装着していないけど、ETCの影響は大きいのですね。その一般道をナビの指示通りに走ったんだけど、な〜んか遠回りをしているような気がしました。見知らぬ土地に行く時は地図も持って行ったほうが良いかも・・・。

 初めてT邸を訪ねて感じたことは、“たまり”のある家だなあという事。建築家・吉村順三さんの言葉を思い出しました。
『“よい住宅”というのは、形そのものよりもむしろ、その家自体に“たまり”というか、重心のある居住空間のある家のことだと思う。“たまり”とは、そこで営まれるであろう家庭生活を豊かに楽しくするものである。』(新建築)BR> 薪ストーブのあるリビングを中心に、中2階のキッチン・ダイニング、2階の子供部屋と、空間が連続して伸びやに広がっていました。不思議なんだけど、Tさんご家族がそのリビングを中心にして生活する姿が浮かんできたのです。

 リビングの掃きだし窓は、通常の窓よりも高く、これは前方に広がる緑豊かな自然や道路を挟んだ隣家の庭にある桜並木を考慮しての選択でしょう。中2階のキッチン・ダイニングからもその景観を楽しむことが出来るのでは・・・。2階の子供部屋は仕切りがありません。将来的には仕切れる様な設計にはなっているようだけど、子供が独立した後、仕切りを外せば元の広さに戻ります。当初の要望よりはこじんまりとしてしまったご主人の書斎もありました。その部屋で趣味に没頭することでしょう。男性の方々は籠もる場所が好きですね。

Tさんからメールが届きました。「先ほど一緒に改めて見てきました。至極、感動していました。いい家だと、さすが村松さんだと。ありがとうございます」

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